初の家出

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20歳になって初めて家出掲示板で一人の女と知り合いました。相手は20歳でフリーターでした。活発な女の子だ。
学校の成績も上位で、ちょっと幼い顔立ちだけどルックスもほかの女に比べたら群を抜いてきれい系でした。それにバストも大きいから、男子から注目の的だ。
だからスゴくモテるし、同級生や先輩や後輩からもよく告白されるみたいです。家出する意味が良くわからない・・・。
いわゆる学校のアイドル的存在なのだとおもいます。
一方のぼくといえば、大学の中で目立たない存在だし、勉強もロクにできない。顔だって人並だし、別に家が金持ちってわけでもない。
正直、ぽくのどこに惚れたのかわからない。たまたまラインで音楽の話で盛り上がったときに同じミュージシャンが大好きだったことが判明して、親密度が増した。
そして、今日のこの日に会うことになりました。
といえばデートだが、ぼくにとっては家出娘と言えども高嶺の花だったから、好意を抱きながらも、自分からエッチしたいとか意思表示をすることはなかった。
ところが会って居酒屋に行ったとき突然、告白を受けた。だからホテルに誘ってみました。
実は僕は、童貞だったんです。
エッチは、自分とは無縁のことだと思っていたから、「好き」と言われたときは、うれしさよりもとまどいのほうが大きかった。
もちろん断る理由なんてないからOKしながらも、心の中で疑っていたほどでした。
最近はいろんな家出掲示板があり過ぎて悩みます

家出掲示板見て、家が嫌になった

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結婚してから半年が過ぎた頃の事でした。専業主婦をしていた私は、毎日のように家に籠っているのを虚しく感じていました。
昼間は誰も居ない家に一人で居て、夜には旦那が帰って来るけどご飯を食べたら寝てしまうし...
自分は何のためにここに居るんだろう?と考えるようになりました。
外に出て何かすればいいとも思ったんですが、仕事をする事を反対されていたので働けなかったですし、お小遣いも働いていないから当然、少ないので出かけたり何かしたらすぐに無くなってしまいます。

家出しよう!そう思って荷物をまとめた事があります。旦那が嫌いな訳じゃないんですが、自分の価値がよく分からなくなってしまったんです。
荷物をまとめたものの、行く場所もお金もないから行動にうつす事が出来なくてしばらく押入れに入れて機会を伺っていました。

実家に連絡して、少しの間帰りたいと話しましたが反対されました。本当に行く場所もなくなったと思って悲しかったです。
全てが嫌になってまとめた荷物も元の場所に戻しました。
私が最終的にしたのは旦那に愚痴る事で、一方的に想いを爆発させたように言い続けて言ったら何だかスッキリしました。
まだ家にいる状況は続いていますが前ほど、自分の価値が分からなくなる事が減ったので割と爆発せずに居れるようになりました。

母親とは辛い仕事です
最近つくづく母親とは辛い仕事だなと感じる時があります。毎日当たり前のように食事の支度をして、掃除をして、洗濯をして買い物へ行って。
その上にパートで働いている方もいるでしょう。正社員で働いている方もいるでしょう。これを一人でこなさなければならないのです。もちろん手助けしてくれる子供や旦那様がいるご家庭だったら分担して少しは母親の仕事が楽になる場合もあるでしょう。
それに加えて子供の心配も加わります。まだ帰ってこないなと心配したり、落ち込んでいる様子だけど学校で何かあったかなと心配したり、また学校の成績思わしくないけど大丈夫かなと心配したり。という訳で色々な事をしょって過ごしている母親ですが、子供や主人からしたら当たり前になっていることです。しかし私が先日、介護福祉士の実施試験のために子供たちに協力を求めたところ、誰ひとりとして協力してくれる子供はいませんでした。この十数年、子供たちのために頑張ってきたのに、私の数分のお願いも聞いてくれないとは、もう悔しくて涙がでました。そして家出したいと思い実家に行こうときめ、荷物をまとめて子供たちと主人にしばらく帰らないから自分たちで食事の支度から、洗濯掃除なんでも自分たちでやりなさいと家を出ました。
しかし駐車場で車を出していると子供が止めにでてきて、家に入ることになりましたが、一度家を出てどんなことを私がやっているのかと言うことを家族に味あわせようと企んでいます。人気の家出掲示板

私が家出したいと思う時

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うちは両親の仲があまり良くありません。
親戚付き合いや近所付き合いに支障をきたすほどでは無いけれど、毎晩父は不機嫌で、その不機嫌に拍車をかけるような母の言動を私はハラハラしながら見ています。
そんな状態なので、夫婦喧嘩になることもしばしばです。
父と母の喧嘩なのに、私まで巻き込まれます。
夕食が無かったり、とばっちりで父に怒鳴られたり。
夫婦喧嘩が始まった日は家出したくなります。
でも、行くところも無いし、どこかに泊まってもお金がかかるので数時間近所をブラブラとして家に戻り、自分の部屋に篭ります。
部屋に篭っていると言っても、食事や入浴で両親と顔を合わせる事になるので本当に嫌な気持ちになります。
何で私がこんなにびくびくしながら過ごさなければならないのだろうかと思います。
もう私も社会人なので一人暮らしをすれば良いのだと思いますが、特殊な仕事で収入が安定せず、実家暮らしをしています。
この歳で家出なんてしたら恥ずかしいと思いますが、険悪な家の雰囲気はとても耐えられないので、家にいるのが辛いです。
友達の家にでもしばらく家出してしまえば良いのかもしれませんが、連れ戻されるのがオチのような気がして、いつも踏みとどまっています。

軽い気持じゃ家出はできない。

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私は今までに2回家出をしようかと思ったことがあります。一つ目は門限に遅れて親にひどく怒られた時、もう一つは一人暮らしをしたいと言ったのに認めてもらえなかった時です。門限に遅れて家出しようと思ったときは、まだ歳も幼く、手ぶらで外に飛び出していき行くところもなく、街を一周しただけで終了しました。しかし二回目に決心したときは歳も10代後半だったので真剣に考えました。
しかし考えれば考えるほどに家での難しさに絶望するだけでした。
まず問題なのはどこに家でするかでした。もちろん今まで働いたこともなくお金も全て親のスネをかじっているだけだったので、自分で家を借りるだけのお金があるはずもなく、かと言ってホームレスのように寒い夜空のしたで野宿する勇気もありませんでした。
また、もし家出から帰ってきた時に親が縁を切ると言って、家に入れてくれなかったどうしようという不安もありました。
そう、私の家出に対する心意気なんてものはその程度だったのです。最初から家出をやめた後の事を考えたり、外でひとりで暮らす勇気も無く、結局は一時の気の迷いで家出しようと思っただけなのでした。その日以来私は家でしようなんてバカな考えをすることを一切やめました。そしてこれからもそんな考えをすることはないでしょう。

あなたは、ここから居なくなりたい、どこかに行きたいと思ったことはありませんか。
例えば、子供が生まれて、生後間もなくの頻繁な授乳の時期や、生後六カ月ごろからの夜泣きなどは、母親にとってはとても辛いものです。
子供は可愛いですが、身体にも大きな負担となり、熟睡出来なかったり、疲れで身体が動かなくなったりといろいろなトラブルが起こる場合もあります。
また、子供が一人だけならまだしも、上に兄弟がいたり、多胎だった場合には、食事をすることも出来ないと言う人もいるようです。
このような場合には、実母や夫、義母などの身内が助けることが良いのですが、実母や義母がいなかったり、夫が激務で頼れないと言う人もいます。
そのため、ストレスが溜まってしまい、憂鬱な状態となり、ここからいなくなってしまいたい、一人でゆっくりとしたいと考える人も少なくありません。
子育てで大事なのは、子供の成長は速いと言うことです。
昨日まで首も座っていなかった子供が、今日は首がしっかりとしている、ハイハイをしたなどと、目まぐるしく変化していきます。
成長に伴い、子供から手が離れるとも言われています。
辛い時期はあくまでも少しの間だけであり、明けない夜は無いとも子育てでは言われています。
一人で抱え込むこともあるかも知れませんが、必ず何事も終わりはきますので、あまり気負わず、気楽に過ごすようにしましょう。
どうしても辛い時には、人の手を借りましょう。
生後三カ月も経てば、保育園でも一時預かりをしてくれますし、ヘルパーさんを頼むのも良いですね。
また、夫にもお願いして、一日ぐらいは休みを取ってもらうようにお願いしてみてはいかがでしょうか。
疲れが取れると、また、頑張ることが出来ますよ。

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進路のことで喧嘩して家出したい

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私は将来の夢がありました。しかし、その夢を母が応援してくれませんでした。母はなれるかどうかも分からないような仕事よりも、堅実に公務員になってほしいと譲りませんでした。
最初は絶対に説得しようと思いましたが、母がその説得を真面目に聞いてくれずに自分の意見をつき通しました。私の将来だというのに母の言いなりになってしまうのが嫌でした。
そして母の言うことを聞かずに就職する満々だった私を母は許さずに大学の受験を受けさせようとしました。どこまでも自分勝手な母に腹が立ちました。
この時に本気で家出して一週間くらい行方をくらましたり、家を出ることも考えました。母のどこまでも自分本位な考えが許せなかったのです。
しかし私はのそんな試みはおばあちゃんによって阻止されました。おばあちゃんが家に来たときに私に母がどれほど私のことを考えているのかを教えてくれたのです。
母はずっと一人で私を育ててきて、苦労してきました。ですから私には絶対に安定した仕事をと考えていたようです。それを聞いて、母は自分じゃなく私のことを考えてあれほど公務員にこだわっていたんだなと気づきました。
それからおばあちゃんを仲介にして、よく話し合って母に進路のことを許してもらいました。もしおばあちゃんの存在が無かったら、あの日家出をしていたかもね。029.jpg